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ひろしま旅行記(その5)最終回

ひろしま旅行記(その1)

ひろしま旅行記(その2)

ひろしま旅行記(その3)

ひろしま旅行記(その4)


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 僕は、原爆死没者慰霊碑を見てから、広島平和記念資料館に向かった。僕に言わせれば、平和祈念資料館の方が合ってると思うんだけど、それはどうでもいい事だ。

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              原爆死没者慰霊碑


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      「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」

 資料館には、原爆に関するありとあらゆるものが展示、説明されていた。ありとあらゆるってのは、原爆投下前後の広島の様子だとか、原爆開発までの足跡、アメリカの思惑だとか、原爆被害の悲惨さ、原爆水爆問題の現状、爆弾の仕組みなんかまでとにかくたくさんさ。知ってた事、知らなかった事、興味深いもの、つまらないもの、いろいろあったけど、印象に残ったのは、原爆実験が行われるたびに、広島市長が抗議の手紙を書いてて、その手紙が貼り出されていた事だ。その数は結構多くて、よくもまあこれだけ実験してて地球もこわれないもんだって思ったけど、それより、これだけの数の手紙を書いた市長の努力も虚しく、実験が続いてるってのには気が滅入っちゃうよね。核のない世界なんて自分が生きてる間はもちろん、人類が滅びるまで実現できないんじゃないかって思ったよ。ほんとさ。たとえ核保有国の御偉方が、みんなこの資料館を訪れたって、核はなくなりなんかしないさ。僕は世界で唯一の被爆国の国民であるなんていう、インチキな義務感なんて持ち合わせちゃいないし、被爆で亡くなった人たちの死を悼むなんて、まともにはできはしないけどね、戦後もアホみたいに核実験を繰り返してる今の世界を見ると彼らの死はあまりにも報われないと思っただけさ。実験が戦争に変わらないのも、世界の滅亡を恐れているだけだしね。だから、原爆の悲惨さを見たって、僕らにできるのは、核保有国がこれ以上増えないように祈ることくらいだ、っていうネガティヴな締念を持って見てたのさ。原爆投下までのアメリカの思惑なんかの資料はおもしろかったけどね。

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         ゴジラだってこんなには壊せないね

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 そうして資料館から出ると、僕は夕陽の中の原爆ドームを撮りたいって思ってそっちに向かった。写真を撮り終えると僕は、今度はライトアップを撮ってみたいと思ったわけだ。だから僕は、近くのベンチに腰を下ろして、日が暮れるのを待った。もう3月なのに外はまだ寒かった。でも僕は馬鹿みたいにそこで30分以上ねばったんだ。いやあ寒かったな。

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 やっとのことで写真を撮り終えると、ついに僕は原爆ドームを後にして夕食にすき焼きを食べに行った。そこは肉屋もやっていて、安くてうまかったんだ。店の人も気さくな人で少し話もしたな。他愛もない事だけどね。店を出ると、ホテルに戻る気もしなかったんで、センター街をぶらぶら歩いたんだ。すると一人の男—こういう言い方をすると怪しい感じがするけど―がアンケートに答えてほしいと言ってきた。歩きながらならいいというと、彼は趣味やなんかを聞いてきたから、適当に答えたけど、正直、何の参考になるのかってほど簡単すぎる質問をしただけで彼は行ってしまった。それから僕はホテルに戻ったんだ。

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 翌日の事について話す事は特にないんだ。行きと同じように普通列車を乗り継いで帰っただけなんだから。電車の車窓から外をぼんやり見てた僕は何を考えていたかっていうと、江戸時代の旅人やなんかを思い浮かべてたんだ。僕は今、新幹線を使わずに1日半かけてノロマな旅をしているけど、昔の人はこの距離を1ヶ月半くらいかけて歩いたわけだ。電車に乗った僕は線路の脇の道を歩いている旅人を、次々に追い抜いていって、さらに向こうの方では新幹線が僕を追い抜いてゆく。僕はいつか、風呂敷一つに入るだけの荷物を持って、歩いて全国を旅したいと思った。家を出て遠く、誰も僕を知らず、僕の方でも誰をも知らない所へね。民家やなんかに泊めてもらって、地方それぞれの方言や特産物や説話やなんかを聞いて回るんだ。電車に乗りながら自分でもよくわからない、そんな考えがふと浮かんだ。
 その日は浜松に泊まって、翌日、家の最寄りの駅まで帰ってきた。駅で子供が箱男みたいな箱をかぶって騒いでいたのを見て、僕は帰ったら安部公房の『箱男』でも読もうかと考えたんだ。そのときには既に、昨日の考えの事はもう忘れてしまっていたね。
(完結)

by writingkids | 2010-04-12 09:06 | 長男「ササニシキ」のコーナー